卒業式も終わりまして

書きたいけど書けない、この微妙な感じ。
大学の卒業式が終わって、京都から東京に戻る夜行バスの中、あれ書くか、これ書くか、記憶だけじゃなくて記録に残さないと、なんて書きたいことを考えていたけれど、東京に着いて帰宅して寝て、その日が終わり、今日も1日終わりに近付いて、なかなか書けていませんでした。でも書かないと。無理にでも書いて、言葉に落とし込もう、と思って先に行動記録だけ上げました。その続き。
京都に着いて朝一番。久し振りという気もしないし、見える風景も今までと変わらない。夜行バスでスーツなんて、就活で何度もしてきたじゃん。でもこれは往路。そこだけがいつもと違う。
学生生活最後のキャンプラに寄って、事務局に顔出して。バスに乗ろうと思ったら、そこはいつもと違ってた。大量の観光客に紛れて金閣寺方面に向かうなんて、もうお客さんの側なんだななんて。窓の外を見ながら、東京だったらここからここまでくらいか?なんて考えてしまってる。やっぱり京都くらいがいいのかもしんない。
前日くらいから、ぼんやりと花灯路にでも行きたいなと思っていたところに、卒業記念パーティーが片付いたのが19時過ぎ。まだなんとかなると思って、バスに乗り込んだ。千本今出川で46系統に乗り換えて、千本通りを下る。なんて見事に今まで住んでいた場所を通ることか。そして感じるのは、東京に慣れ始めた実感。もう京都じゃなくて、東の京都なんです。
バスが四条に入って、烏丸を過ぎると、お囃子の練習が外から聞えたり。なんか恵まれた行程だな。でも、四条の混雑渋滞具合は、恵まれてない。
八坂に着いて、歩き出す。東山の花灯路に行くのも3回目か。1回目は、そでふれ披露に衣装着てついていったなぁと記憶が蘇る。なぜかパネル持ってKBSの中継にちょっぴり映ったような。ぐるぐる歩きすぎて、円山公園知恩院→青蓮院方面まで。なんでこんなに雰囲気がいいものか。これだけのサイズの街で、自転車で十分回れるようなところに、いくらでも歴史が詰まっていて、なんだって絵になる。ほんとこの場所に住むことができてよかったなぁ。開放的とは思えないけれど。都市自体がうなぎの寝床のようなものなのか、なんてね。
勢い余って、平安神宮まで歩いた。先週、引越しの時も来たのにw。でも、1週間で感じ方はえらく違うもので。鳥居をくぐって、応天門の前まで行ったら、ちょっとだけ泣けてきた。中央ステージがーとか、京都会館エントランスの照明を見て、解散式の様子が思わず浮かんできて、それでかな。思えば大学時代のエネルギーの大半はここに注ぎ込まれてしまいました。一礼をして、平安神宮とも、京都ともお別れ。
そして東京行きの夜行バス。京都から東京に「帰る」ことに、違和感半分、すでに自然半分。意外と慣れるのは早い。けど、京都を忘れていくわけでは絶対ない!
ということで、これで立命館大学生としての池田翔も終わりです。今はふわふわというか、足元がおぼつかない気分。あと1週間でそんなことも言ってられませんが!
大学時代、京都での最後の1日で、京都に4年間住むことができてよかったと、しみじみと思いました。また。何度目だ。そして、いつかは分からないけれど、また京都に住む日が来たらいいなと、漠然だけども思います。何年後でも、何十年後でも。それまでは、ちょびちょび京都に「帰って」きつつ、この都への恋心を暖めておくつもりです。
京都での全ての出来事と、京都で出会った全ての人に、とりわけ京都学生祭典とその関係者に、感謝。


今一感情をまとめきれていないけど、今回はこの辺で。長々と書きましたが、読んでくれた人、ありがとうございました。